矢口敏和の小学校時代

出演したテレビドラマや映画作品では華麗なアクションシーンを演じたことでも話題になった矢口敏和さん。やはり小学校時代から運動能力がズバ抜けていたようで、この頃の思い出として「同級生の女の子からサルと呼ばれていた」と話しています。

サルと呼ばれた理由はあまりにもグラウンドに設置されていた雲梯で遊ぶことが得意だったからだそうで、本人にとっては不本意なネーミングだったかもしれませんが、当時の女子の間では彼の人並外れた運動神経が目に留まっていたのでしょう。

そんな矢口敏和さんは、運動会でも当然のように大活躍。特にマラソンでは力を発揮していたようで、毎年リレーの選抜メンバーとして選出されていたのだそうです。

小学校4年生の頃には地元である埼玉県内の少年野球チームに加入し、外野手として中学校卒業までの間は野球にも打ち込み続けていました。彼は進学校に在籍していたことでも知られていますが、小学生の頃には主にスポーツの分野において頭角を現していた様子です。

学業の成績においても極めて優秀で、小学校で受けたテストの点数はほとんどの科目で100点満点を連発していたと、本人が当時の様子を振り返っています。

特に理系の科目には絶対の自信を持っているようですが、反面、漢字や歴史といった科目が弱点だったようで、悩みの種になっていたそうです。

学業においてもスポーツにおいても優秀で、おまけに正義感も強かった矢口敏和さんを学校が放っておくはずもありません。学級委員を務めたのも小学校の頃のことで、決して大々的にリーダーシップを発揮するタイプではなかったものの、行動で同級生をリードする存在になり、多くの教師からも一目置かれていました。

そんな矢口敏和さんですが、意外にもヤンチャな一面も持ち合わせているようで、小学校時代には友人と取っ組み合いになってケンカをすることも珍しくなかったんだとか。

ケンカに至った理由については深く語られておらず謎が残りますが、イジメを黙って見過ごせない彼の性格を考えれば、何らかの大きな事情があったことは明白でしょう。

ただし、そのケンカの真っ只中には常に涙を浮かべており、時には掴み合いながら号泣する姿も目撃されていたのだそうです。

このエピソードからも、彼が心の奥底ではケンカなど一切望んでおらず、仲良く楽しく過ごしたいと願っていた優しさが垣間見られるのではないでしょうか。今となってみては、本人にとってもつい笑ってしまうような話なのかもしれません。

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