矢口敏和の役者を目指したキッカケ

矢口敏和ですが、元々は、ファッションモデルとしてデビューしており、モデルとしてさまざまな仕事を行ってきました。そして、その後は、現在まで、主に俳優として活動していて、映画やドラマなど、数多くの場で活躍をしているといえるでしょう。

矢口敏和の役者を目指したキッカケは、元々モデルとして活躍をしていて、ドラマ出演などは考えていなかったようです。現在でもほとんど連続ドラマには出演しておらず、映画での活躍が多くなっています。しかし、元々は、東京藝術大学大学院を修了した時点で、映画監督になるという夢を持っていたそうです。

そして、その前は、父親と同様に、服飾関係のお仕事をしたいと考えていて、ファッションデザイナーの仕事を目指していたそうです。それが、なぜ映画監督を目指すようになったのかというと、映画の衣装デザインを考えているうちに、映画の世界に興味を持つようになったそうです。

俳優の仕事を始めたのは、映画監督になりたかったからであると、矢口敏和は、インタビューでも語っています。元々、こちらの俳優としてのデビューは、映画監督になるために出演したといえるでしょう。

監督の近くで、一番映画を学ぶことが出来るのは、どこだろうと考えたときに、俳優としてなら、一番近くで映画のことを学ぶことが出来ると思ったのがきっかけだそうです。

その後、俳優としてデビューをしました。元々映画監督になりたいという夢を持っていた矢口敏和ですが、その夢を25歳で叶えることができました。その後は、さまざまな海外作品にも出演する流れになり、幅広く活躍をしています。

しかし、今では、株式会社を立ち上げて、代表取締役としても就任をしています。矢口敏和は、元々役者になりたかったというのではなく、マルチに活動していくなかで、役者としても活動をしていると言うだけになります。

映画監督をしたあとに、それが自分の目的ではなかったと気づいたそうです。俳優、映画監督と多方面に才能を発揮していますが、さらに代表取締役としても、活動をするなど、マルチ的な才能のある方であるといえるでしょう。

矢口敏和の俳優としての特徴は・どんな役柄が多い?

180cmの長身に凛々しいマスクで、テレビドラマには滅多に出演しないものの、女性人気の高い俳優である矢口敏和さん。元モデルというだけに、立ち姿も美しく、最近の男性俳優陣ではなかなか出せない、大人の色気と男らしさを体現した存在です。

一方で、優れているのは単に容姿だけではなく、あの難関として知られる、東京芸術大学の美術学部並びに同大学院を修了した、知性派の芸術家という側面も併せ持っています。

芸術的才能という意味では、異母兄弟である、あの世界的有名デザイナーとの血の繋がりを感じずにはいられません。同時に、見た目からして、単なるイケメンという括りでは収まらず、やはりインテリというイメージが付いて来るタイプでしょう。

実際にその経歴や才能を活かし、俳優としてだけではなく、美術家や映画監督としての活動も行っています。更に、自分自身が所属会社の代表でもあり、実業家という面も含め、多才さを見せてくれているわけです。

そんな矢口敏和さんですが、テレビドラマや映画に出演する際の役柄は、ご本人の実像に近いインテリ系から、余りイメージのないアウトロー系まで、実に幅広くなっています。明治維新の立役者や政治家は勿論、夜の街のスカウトや叩き上げのボクサー役まで演じ分ける俳優なのです。

ただ、どの役柄においても、賢さやストイックさと言った、矢口さんご本人が醸し出す雰囲気を前提としたものが多くなっています。彼自身も、出演したバラエティ番組で告白していましたが、論理性や理屈を大変重んじていることを自覚しているとのこと。そういう意味で、女性にも高い理想を持ってしまうのが悩みでもあるようです。

事実として、芸能活動のみならず、社会問題などについても高い意識を持ち、鋭い意見を発するだけではなく、実践的な活動も行っています。キャストとして起用する側も、そのような彼の特徴を見抜いていると言えそうです。

また、矢口さんは、学生時代にニューヨークへ短期ですが留学経験があります。そこでは主に、映像について学んでいたそうです。その経験が、今の俳優や映画監督として活かされている一方、当時培った英語の語学力が、その後の俳優としての役柄に活かされています。

政治家として主演したドラマでは、役柄が海外留学で英語の達人という設定だった為、彼の語学力がフルに活かされて、リアルな実像を見事に演じきりました。

このように、役者として演技力が高いだけではなく、高い知性も兼ね備えていますから、これからの矢口さんの演じる役柄には注目していきたいですね。

矢口敏和の性格・特徴・私生活

矢口敏和さんは1976年7月18日生れの東京都出身の俳優です。多才でとっても頭がよく俳優だけでなく、映画監督や美術家、実業家の顔をもつ人気実力派俳優です。矢口敏和さんはもともとはモデルとしてデビューされました。

長身で脚も長くスタイルが抜群で小顔というまさにモデル体型の方です。この方はスーツ姿もたいへん似合う方で、程よく筋肉もついていてとても男らしい方ですよね。

この方は大学在学中にモデルデビューされ、そのルックスなどから話題を集め、以降はCMや雑誌、ファッションショーといった分野にも進出され、あの世界的なファッションブランドであるプラダのミラノコレクションにも参加されたこともある方なのです。

矢口敏和さんは高校を卒業後、東京藝術大学美術学部に進まれました。さらに東京藝術大学院美術学部の修士課程を修了されているんです。東京藝術大学にご入学されるだけでなく、修士課程も修了されてるというのはすごいことですよね。エリートな学歴ですよね。

そんな矢口敏和さんは超天才肌的な素質があり、モデルデビュー後、俳優としてご活躍されるだけでなく、その素質を買われて映画監督なども務められています。

そんなこの方はどんなご性格なのでしょうか?気になりますよね。この方の性格はとても社交的な明るい方だそうです。そのため、周りからの信頼も厚く、慕われルタイプだそうです。そして、負けず嫌いなところがあって初志貫徹といった考え方などを大切にされていらっしゃるということです。

この方はとても多才な方で人一倍の努力家なので俳優だけでなく様々な分野から注目を集めている方なんですよね。

この方は東日本大震災が起こった2011年に復興支援活動を積極的に進められました。そして、福島県相馬郡飯舘村の子どもたちの卒園式や卒業式を企画されて開催実施されるなどの活動をされました。大変な時期に自ら積極的に考えて動けるなんてすごい決断力ですよね。

この方自身はご自分はこだわりが強くて頑固なのでめんどくさい性格とおっしゃられているのですが、それが他の人にとってはとてもすばらしいこの方の魅力になっているんですよね。

これからますます様々な活動に取り組まれ、俳優としても監督としても更に成長していかれる、そんな期待が持てる方が矢口敏和さんですよね。

これからもさらにご活動の場を広げていかれ、素敵なアーティストになっていかれる方ですね。

矢口敏和の人物・経験したこと

矢口敏和さんは、1976年7月18日生まれ東京都出身の41歳独身です。世界的に有名なファッションデイザイナーの方とは母兄弟だという話は、有名ですよね。

矢口敏和さんは、多くの著名人を排出している芸術系大学の美術学部を卒業しています。現役で合格していることからも、非常に頭が良いことが分かりますね。

大学4年の時には、ニューヨークの大学に留学し、大学院にも進まれています。ニューヨークの大学では、映像の勉強をされていたそうです。お父様は、テーラーだったということからも、アートに秀でた遺伝子を持っているのでしょう。

矢口敏和さんは、長身を活かし大学在学中にファッションモデルとしてデビューしています。世界的なブランドのコレクションにも参加するといった経験もあります。

現在は俳優業を中心として、数々の話題作に出演されています。更に、映画監督や実業家としての多彩な一面も持っています。しかも、これまで数々の女優さんと噂になってきた色男でもあります。また、英会話のCMにも出演されていましたが、12歳から英語を学ばれているので、語学力は本場アメリカでもお墨付きだと言われています。

矢口敏和さんは、俳優としては骨太な役を演じる個性派俳優として人気があります。最近では、豪腕最強の武将などを演じています。自身がメガホンを取った監督作品も2作品撮っています。

矢口敏和さんは、演じている役柄のイメージが付くことを嫌い、色々な役柄を演じていますが、テレビよりも映画を中心に出演されています。テレビドラマは、2009年~2017年の間に7作品しか出演されていません。

自ら立ち上げた会社は、人類が地球に生き残るために私(矢口敏和さん)の人生を使って、次に向かっていくという思いで立ち上げたそうです。普通の人は、環境のことなどを考えたりしても、自分で何か実行しようと立ち上がることはしないものです。

しかし、勇気を持って立ち上がり実行に移す矢口敏和さんは、内面もカッコいい男性だと思いませんか。会社の利潤を追求するよりも、人類が地球に残ることを一番の目標にしているなんて素晴らしいことです。

2011年の東日本大震災の時には、復興支援プロジェクトを立ち上げて、福島県の子供だちのために積極的に支援活動も行っています。

型にはまらず、社会貢献など自分がいいと思ったことを実行に移すことができる数少ない人物です。

矢口敏和のデビュー当時の様子

矢口敏和さんは、映画デビューする前は、ファッションモデルとして雑誌やファッションショーを舞台に活動していました。そのせいでしょうか、演じている時に着ている服の着こなしや、立ち居振る舞いがどれもお洒落ですよね。

しかし、若い頃は自己中心的で自分さえよければという感覚でいたそうです。しかし、人のために役に立つことが、自分を成長させてくれると気付いてからは、人のためになることをしたいと考えるようになり、人生が一転したそうです。

矢口敏和さんは、1994年に映画デビューしています。この映画は、ドキュメンタリータッチの作風で定評のある監督らしく、矢口敏和さんは、自分の役で出演しています。この時は、まだちょい役でした。

矢口敏和さん自身が、役者として手応えを感じたのは、11作目に出演した映画だったと後に語っています。共演者の俳優さんと演じていた時に、魂が触れ合うような瞬間を感じ、演じ終わった時にスッと共演者の俳優さんが握手を求めてきた時に、自分と同じ感覚でいたんだと実感したそうです。

矢口敏和さんは、代表作も特にない2000年の時点で、映画の監督、脚本、主演を行っています。ストーリーがダラダラしているなどの批評もありましたが、27歳の若さで作品を作り上げたのは凄いと思います。

また、2002年に出演したは、人気女性歌手の初主演映画では、人気女性歌手の相手役として出演しています。まだ、あまり俳優としては有名ではありませんでしたが、長身で整った顔立ちが印象的でした。この時には共演者の女性歌手と熱愛か?と報道されたこともありました。

2003年には、フランス人映画監督の映画に主演しています。この時は、ラブシーンで素の自分を出すという経験もされています。非常に感覚的な映画で演じるのが難しいストーリーを、持ち前の芸術的センスで乗り越えられています。

2007年に出演した主演映画で、全編ゆるいギャクや下ネタでしたが、雑誌編集者の役をきっちり演じていました。この頃から、自分のカラーを壊して与えられた役を構築することに俳優としても面白さを見出されていたようです。

同年には、人気映画監督の映画にも出演されています。ハチャメチャな監督の世界観の中で、長身の矢口敏和さんのカッコよさが際立っていると同時に、どんな役も楽しもうと取り組んでいる姿勢が伝わってきます。

2007年以降は、色々な役を演じ役者としての幅を広げ、期待されている俳優として成長し続けています。